フェイスブック創設者、マーク・ザッカーバーグとは何者なのか Part 4

時間が経つにつれ、サマーズとチャンドラーが、ソーシャルメディアプロジェクトに対し、はるかに大きな計画を立てていること、またプロジェクトを完成させるために外部の支援を受けていることが判明していった。マークは、サマーズ、チャンドラー、そして後にシェリル・サンドバーグがマークにあまりプレッシャーをかけなくなり、むしろマークがほぼ2年もの間、他のグループをスパイすることで仕入れた情報のすべてに興味を持っていたことには奇妙さを感じていた。

ある日、マークは、ハーバード大学内にあるマサチューセッツホールのサマーズ事務所に呼ばれ、非常に珍しい男に引き合わされた。彼の名前はアンドリュー・マーシャル、海軍情報局の総合評価局の責任者だった。マークは最初からこの人物を恐れていた。マーシャルは、マークに政府の秘密保持契約やその他のセキュリティ契約に署名させた上で、ハーバードのフェイスブックプロジェクトに伴う究極の軍事的性質をマークに伝えたのだった。ようするにマークとハーバードは、表向き、企業の顔を必要とする軍事プロジェクトの『カバー』として、単に内々のシンクタンクとして利用されていたのだ。

チャンドラーとサマーズは、『システム規模拡張のためのソースコードを書いた』と嘘でたらめの主張をするフロントマンとして、マークを選んだのだった。チャンドラーは、政府がDARPA・ハーバード・フェイスブックプロジェクトで使用するためのコードを、発明者とその発明者の会社からソースコードを押収した、と説明した。また彼は、マークはその発明者から訴えられるかもしれないが、DARPAが彼を保護する、とも説明した。そして、それに対してマークは、そのチャンスを喜んで受け入れる、と答えた。

マークは、彼を洗脳した人々が大いなる計画を持っていること、そして彼の役割はただ彼らに言われた通りにすることだ、ということを十分に理解していた。しかし、マークは、ジェームズ・チャンドラーが、国家安全保障のトップである大統領の国家安全保障チームのメンバーであり、また特許弁護士であり、 しかも本当に意地悪で醜く恐ろしい人物だったので、だんだん彼を怖がるようになっていった。

ハーバード総長であり、経済界のリーダーであるラリー・サマーズもまた同じく、エリート主義でいじめっ子タイプの特徴を持っていた。マークは、彼が非常に権力のある人々によって仕込まれ保護されている、と感じていた。しかし、マークを本当に心底怖がらせていたのは、『ヨーダ』(映画スター・ウォーズに登場する、ジェダイのマスター)と呼ばれていたアンドリュー・マーシャルその人だった。

 

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アンドリュー・マーシャル

この『真』のボスは、マークがサマーズとチャンドラーによって計画に引き込まれると、実際にマークに会って、まるですべてのサイバースペースを戦場であるかのように操作するこの包括的で邪悪な計画の一部として、マークが信頼に足るかどうかを確かめにやってきたのだった。

マークは、全くアンドリュー・マーシャルの気に入らなかった。アンドリュー・マーシャルのハイランド・グループのフォーラムの一つに、マークと一緒にフェイスブック主要幹部として出席した時、私は実際にそれを自分で目撃したのだった。マークが口を開くたびに、マーシャルはマークが黙るまで彼をじっと睨みつけていた。マーシャルはこの会議で、マーク自身がフェイスブックの運営における最大の問題である、と指摘したのだった。アンドリュー・マーシャルが少し前に死亡(2019年3月)すると、マークはそれを心底喜んでいた。現在マークは、マーシャルの代役であるディック・オニールとジェイムズ・ベイカーから指示を受けている。チャンドラーはハイランド・グループ内でも活躍しており、アンドリュー・マーシャルとジェームズ・ベイカー等と直接協力しながら数多くの作戦を指揮していた。

フェイスブックの運営はまた、アーカンソー州リトルロックにあるローズ法律事務所やヒラリー・クリントンの特許窃取の周りに集まったグループとの活動を調整していった。最初から参加していたフェイスブックインサイダー達は全員、これらのことが真実であることを知っているのに、報復や殺されることを怖がってそれについて話すことは決してないのである。私は今、文字通り何兆ドルもの知的財産、企業秘密、特許、デザイン、および盗まれたプログラミングソースコードの盗難についてまでこうやって話しているわけだ。

マークは、最初の2年間、フェイスブックプラットフォームのソースコードを書くことができると嘯いていたが、結局のところコードを1行も作成することができなかった。2年間、我々フェローシップが彼の口から聞いていたのは、今に打開できるという空約束だけだった。

サマーズ、チャンドラー、マーシャル達との会議は続き、マークはそのたびにいつも元気を取り戻していた。ある日のこと、マークは、ハーバード内で仲間の学生を『ハッキング』することになったことにひどく興奮していた。そのハッキング対象の学生は、ウィンスロップハウスの隣に住んでいたマックス・マッキベンという名前の上級生で、カークランドハウスの正面玄関から100フィートのところに住んでいた。マークは最高のハッカーを我々の部屋に連れてきて、特別な大学のコンピューターを使ってマッキベンの個人的なハーバードの電子メールアカウントをハッキングし、発明に関するいくつかの報告書を盗んだのだった。

それは、サマーズの事務所から戻ってきたマークが『さあこれからハッキングを始めるぞ』と宣言した2003年10月28日のことだった。リーダーテクノロジーズ社のオーナーであり、スクラブルソーシャルメディアの真の発明者であるマイケル・マッキベンが息子に送った報告書をこのハッキングによって盗んだのだった。マイケルは息子であるマックスに、新しい発明を説明するために書いた報告書を送っていたのだ。マークが、チャンドラーが実はマイケルの弁護士であることを知ったのはその後のことだった。

チャンドラーはマイケルにシステムの詳細な説明とそれがどのように機能するかを書くように要求していた。マークが、その(ハッキングで)盗んだ報告書をチャンドラーに見せると、チャンドラーはマイケルの弁護士としてすでにソースコードの完全な評価コピーを持っている、と告げたのだった。彼は、『戦略的欺瞞』と呼ばれるスパイ戦術を使って、マイケル・マッキベンとリーダーテクノロジーズ社が特許を申請するのを助けるふりをし、その一方でこのマイケルの発明コードをDARPAIBM エクリプス財団というサイバー戦争パートナーに密かに情報提供していたのだった。

チャンドラーはマークに、IBM エクリプスは、ハーバード大学の1月の読書期間の直後にサンフランシスコで開催される2004年度のエクリプス・コンファレンスでのフェイスブック立ち上げに向けて、マイケルのプログラムを準備している、と伝えた。彼は、その計画はNSAのすべてのLifeLogデータをフェイスブックプラットフォームに出来るだけ早く転送することも含まれていると言った。彼はまた、任期が終わった後にシリコンバレーに引っ越すであろうこと、そして彼のための計画の次の段階はカリフォルニアが舞台になるであろう、とマークに告げた。ダスティンと私はその夏、一旦は彼に同行したが、大学をちゃんと卒業するべくボストンへ戻っていった。(Part 5へ続く)

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